いろいろ雑記帳

いま観ている台湾ドラマ、中国語の勉強日記、いままで観たおすすめのドラマ、映画

中国語 思うこと

今日やる仕事があるのですがなかなか手がつけられないので現実逃避。。

 

収容
培養
造成

需要

 

など、日本でいうと特別なコンテキストでしか使われない言葉でも


中国語だと、「収容」は、会社にヤン・グオ(『君には絶対』)を受け入れてくれてありがとう、という軽い意味でも使う。


日本語にあるように、「刑務所に収容」とか特別なコンテキストで使われるということではないようで。


「培養」もそう。理科の実験で使う言葉じゃないらしい。

 

「造成」も工事現場で使われるだけの言葉ではないらしい。

 

「需要」も需要と供給、というコンテキストじゃなくて「want」ぐらいの意味で使うらしい。

 

 


日本語だと、「収容」と言えばかしこまった言いかたになり、「受け入れる」とすれば口語的になるけど、中国語だとどちらも「収容」となる。

 

その意味合いを表すときに、口語なのかかしこまった言いかたなのか、は発言者のボディ・ランゲージだったり、語気で伝えたり、コンテキストで判断となるけど

 

日本語だと書き言葉で区別できるから、あまりボディ・ランゲージや表現力は発達しなかったのかなと思ったり。

 

あえて身振り手振りを発達させる必要がない。

 

 

ということを台湾ドラマの字幕を見て辞書で調べていて思いました。

 

私は語学の仕事をしているんですが、

 

英語と日本語を比べてみても、英語の先生からすると日本語は「豊か」だそうで、

 

表現の幅がいっぱいあって、私から見るとバウムクーヘンのように、地層のように

 

表現の層がいっぱいあるというのが日本語のイメージです。

 

言いかたを変えると、日本語は「片づけ上手、分類上手」。

 

カタカナの使用で外来語か、本来の日本語か一目瞭然。外国語によっては、たとえば中国語で「エクステ」(接髪)は漢字に直しているので、パッと見、中国語由来の新語なのか外来語なのかわからない場合もありそう。

 

また、日本語だと、性別も性格も言い表すことができるけど、外国語だと書き言葉だけでは性別がわからないことが多くて、画面を見て判断するということがある。

 

外国語が好きで勉強し始めたのですが、外国へのあこがれで外国語を勉強しているのに

 

結果的に日本語の豊かさに気付かされています。

 

細かいところまで表すことができたりするのが日本語。

 

これも、脱線しましたが「日本人はビビり」のところで書いたような

 

日本人のビビり遺伝子によるものなのかもしれない。

 

「ちいさきものはみなうつくし」の日本人、小さいもの、小さいもの、に意識が向くのは

 

やっぱりビビりだからで、だから精密機械とかの製造、工芸とか医学とか、手先のこまやかさが必要なものが日本人には向くし、

 

逆に弁護士とか、政治家とか、外交に向く日本人って少ないのかもなと思います。

 

遺伝子的に。